先日ご紹介した名著『名馬の生産ー世界の名生産者とその方程式』の中から、ノーザンダンサーの誕生秘話についてまとめてここで紹介したいと思います。

生産者であるカナダ人のE・Pテイラーは、当時競走馬生産国として準一流と言われていた自国の評価を一気に上げる立役者になったばかりか、

後世にも多大な影響を及ぼすことになる優秀なサラブレッドを何頭も世に送り出しました。

世界の誰もが称賛するホースマンであることは言うまでもありません。

 

 

父ニアークティックの誕生

 

遡ること1950年頃、テイラーはイギリスのニューマーケットで開かれるセリ市・ディセンバー・セールで馬を買うようになっていました。

1952年、セリに出る牝馬の中でNo.1はどれかと、セリ仲介人に尋ねたことから物語は始まります。

ネアルコを受胎したハイペリオン肌馬(父がハイペリオンの繁殖牝馬)であるレディアンジェラだと、その仲介人は答えました。

テイラーはこう言いました。

「いいだろう。それを買おうじゃないか。ただし、翌年の1953年にもう一度、その牝馬にネアルコを種付けられればの話だがね。」

その条件は受け入れられ、テイラーは購入を決めました。

1953年、レディアンジェラは栗毛の見栄えのしないネアルコ牡馬を産んだあと、約束通りにもう一度ネアルコを種付けされてカナダへ送られました。

そして、1954年、濃い黒鹿毛の素晴らしい牡馬が生まれ、テイラーはこの産駒をニアークティックと命名しました。

セリ市に出されましたが、買い手は現れず…テイラー自ら所有する形で競走馬としてデビューしました。

4シーズンにわたって走り抜き、47戦21勝の成績を残しました。

4つの異なる競馬場においてレコード勝ちするなど、高い能力を示し、カナダにあるウインドフィールズ牧場で種牡馬になると、

その真価が明らかになります。

 

母ナタルマの偶然の引退、そして交配

 

ニアークティックが引退した1960年、テイラーはたまたまナタルマ(1957年生まれ)という3歳の牝馬を走らせていました。

同馬は父ネイティヴダンサー、母アルマームード、その父マームードという血統で、

明け1歳のセリ市で購買した馬でした。

ナタルマは2歳時にスピナウェイステークス(現GⅠ)で1位入線したのですが、失格となり、

明け3歳の最大目標レースであるケンタッキーオークスに向けて調教を積まれていたのですが、故障してしまったのです。

ナタルマはただちにウインドフィールズ牧場へ繁殖牝馬として送り込まれました。

種牡馬になった明け7歳のニアークティックが、初年度最後に種付けした相手がナタルマでした。

偶然のタイミングが重なり、名競走馬の誕生につながります。

ただし、この時点では、ニアークティックとナタルマの繁殖能力は何もわかっていませんでした。

 

 

ノーザンダンサー誕生

 

1961年5月27日、その配合からノーザンダンサーが生まれます。

馬格が小さかったうえに、父も母も繁殖成績が全く未知なものも手伝って、

セリ市で売れ残ります。

テイラー自ら所有し走ることになるのですが、

当時の中でも非常に遅生まれだったにもかかわらず、2歳からカナダでオープン競走を3勝、

米国に遠征して、出世レースとして今でも有名なニューヨークのレムスンステークスを勝ち、早くから活躍しました。

3歳になるとフロリダで行われた3歳主要レースであるフロリダダービー(現GⅠ)とフラミンゴステークスを2つとも勝ち、

その後も北部に遠征して、キーンランドでブルーグラスステ-クス(現GⅠ)を勝ちます。

そして、ケンタッキダービーでは衝撃的な走りを見せます。

初めの1マイルを1分36分で走破したあと、残る2ハロンを24秒で駆け抜け、

ヒルライズを首差で下したのです。

タイムは2分0秒のトラック・レコード。

上がり1/4マイルの内容は、ノーザンダンサーが桁外れの馬であることを示しています。

十分な実績を残して、カナダで種牡馬生活をスタートさせます。

いくら競走能力が高くても、それを後世に伝えられるかどうか、過去のいくつもの例を見ても、双方の能力は比例するとは言い切れません。

種付け料は1万ドル(1ドル100円で換算すると、日本円で100万円)からスタートしますが、

後々、それが格安であり、人間側の評価が失礼だったことが明らかになります。

イギリスの3冠馬ニジンスキー

イギリスとアイルランドのダービー、キングジョージ6世&クイーン・エリザベスステークスを勝ったザミンストレル(両馬ともテイラーが生産)を輩出。

また、素晴らしいのが競走馬としてそこまで実績を残していない産駒の中でもダンジグヌレイエフを含めて多くの後継種牡馬を世に送り出し大成功をおさめました。

現代のサラブレッドにノーザンダンサーの血が入っていないのはないのではないかというほど、世界中に絶大なる影響を残す種牡馬になりました。