血統とは母系重視

 

自分自身が競馬を見始めていたのは、記憶では4歳の頃です。

文字も読めない年齢だったため、馬の名前もわからず、ただ単に走る馬の姿が好きでテレビの前に釘付けになっていました。

馬券という言葉もわからず、当時週末の放送のみであった競馬チャンネルをじーっと見つめていたようです。

競馬を見始めて約30年が経ちました。

馬の獣医師を志して大学に入学し、現在幸せなことにその世界に身を置いて生きています。

学生時代、将来馬券で生活できないかと本気で思ったことがあり、いろいろ勉強しました。

獣医学の勉強の何倍もしました(笑)

しかし、その日々は決して無駄になっていないと日々感じています。

文字が読めるようになった頃から、子供ながらにサラブレッドの血統というものに興味を持ち、馬券で勝つために私が注目したのも血統でした。

父親や父系の特徴ばかりを頭に叩き込み、それとは逆に母系を調べたりすることはあまりありませんでした。

詳しく調べたところで、それほど馬券に直結しないことが多いと思っていたからです。

その方針で良い思いをさせてもらうこともありましたが、逆に痛い目にあうことも多かったです。

母系の良さや母親の競走成績を買いかぶり、痛い目にあうことも多々ありました。

だいぶ時間はかかりましたが、若者の浅はかな考えであったことを悟りました。

しかし、その副産物として血のつながりを知る楽しみを覚え、毎年100頭以上のお産に立ち会う中で、血の継承を実感する歓びを知ることができ、奥が深いということを感じています。

未勝利戦ましてや未出走、1勝、2勝の下級成績に終わった母親が平気で一流馬を出してきます。

かと思えば重賞を勝った母親の子が、未勝利戦すら勝てない…ということもある世界です。

おもしろいもので、より母系に関心が向き、調べていくほど母系の重要性がおぼろげながら見えてきました。

自身が早熟で短距離を得意としていた父から、予想外のスタミナと成長力をもった子が出たりします。

そのような場合、母系の血統表を見てみると、そこには長距離が得意だった晩成のステイヤーの血が何代にもわたって入っていたりしていました。

祖母や曾祖母が一流馬か、あるいは近親に活躍馬が多い母系なら、本馬が下級の競走成績に終わったとしても、母親として成功しているケースも見られます。

それどころか母親や母系が優秀であれば、父親が無名であったとしても、優秀な子が生まれたり、時にはとんでもない名馬が生まれたりもしているのです。

父親や父系の影響力と母親や母系の影響力。

サラブレッドの血統というと、とかく父親や父系ばかりが注目されます。

現に、レース翌日のスポーツ新聞などを見ると、勝ち馬の記事のなかで名前の後にカッコで記されているのは厩舎、年齢、そして父名がほとんどです。

しかし、過去の一流馬に血統背景から両者の影響力を比較した場合、互角どころか母親や母系のほうが、むしろ強い印象をもっています。

 

レース犬のブリーダーから頂いた言葉  ~雄より雌を優先的に考える~

 

ここで余談になりますが、一つ紹介したいことがあります。

馬だけにかかわらず動物の繁殖に元々興味のあった私は、大学入学直後に犬ぞりレースの部活を立ち上げようと考え、いろいろと動いていました。

大学が北海道であったため、冬は雪が降るので、犬ぞりのレースがその期間に行われており、仲間と協力して生産から育成まで行い、レースに出すことは面白いのではないか、学生時代にしかできないのではないかと考えたからです。

実際、部活の立ち上げは叶わなかったのですが、当時、レース犬のシベリアンハスキーのブリーダーであり、生産・育成を自ら行い、レースで実績を残されていた方に直接会いに行き、お話を聞ける機会がありました。

そこで聞いたことが、サラブレッドの世界にも共通していると強く感じています。

「強くて速いレース犬を生産したい、所有したいと誰でも思うのだけど、みんな最初は良い雄を持ちたがり、交配させようと考える。

初心者は特に…。

だけど…どんなに良い雄を手に入れても繁殖をやっても、雌の方が悪かったら大体良い子は生まれてこない…。

良い雌を持っている人は良い雄を選べるわけだし、良い子ができるものだよ。

これには逆らえない。

経験上、半分以上むしろ極端に言うと70~80%ぐらい母親の資質の影響が強いと思うね。」

今、改めてその言葉を思い返すとハッとさせられます。

この言葉から理解すべきことは、馬に限らず動物種で考えると「まずは母親ありき」ということであり、父親・父系ばかり大事にするのはあくまで素人の考えということなのでしょう。

それ以降、個人的に牡馬のクラシック以上に牝馬のレースに注目し、重要として受け止めています。

サラブレッドの血統登録のはじまりや歴史についてはここで詳しく説明しませんが、

イギリスでこの血統書の第一巻が発刊されたのが1793年のことなので、すでに当時から母系の重要性が認識されていたことが考えられます。